路上ライブで歌っている人に対して思うこと

音楽

俺の進路上で誰かが路上ライブをやっていると、とりあえず立ち止まって観るようにしている。
一言で路上ライブと言っても、音楽だけでなく大道芸や漫談・演説など、ジャンルは色々ある。
ここではあくまでも音楽に限って話を進めていく。

そして個人的に俺が勝手に思ってることなので、別に押し付けたり他の人の意見を否定したりする意図はないです。
俺の好みの問題。

そもそも路上ライブは禁止されている

繁華街の駅前なんてのは、路上ライブは禁止である。

そしてだいたいの演者は警察の許可なくやっているので、見つかると退去させられる。
音量というよりは、人だかりで通行の邪魔になるからってことなんだろうか。
警察も常時取り締まってたらキリがないのである程度は見て見ぬ振りもしていると思うけど。

よっぽどひどくなければ罰を受けることはないだろうけど、結局は軽い違法行為である。
だから、諸手を挙げて路上ライブに賛成とは言えないが、観るのは好きとだけ言っておく。

路上ライブをやる目的は?

そもそも路上ライブをやっている人の目的はなんなんだろうか。

路上ライブをやっている以上、表面的かつ絶対的な目的としては「多くの人に観てもらいたい」ということなんだけどさ。

もう一歩踏み込んで、「なぜ多くの人に観てもらいたいのか」ということを考えなければならない。

その目的は人それぞれなんだろうけど、とりあえず勝手に予想してみる。

プロモーション面
・認知拡大や人脈作り
・ファンの獲得
・CDやチケットの販売
・フライヤーの配布
・投げ銭による収入
・SNS拡散などによる二次的な認知

スキル面
・度胸をつける
・評価を受ける
・応対の訓練

メンタル面
・ストレス発散
・寂しさの軽減

レアケース
・慈善事業
・政治的または宗教的な訴え
・罰ゲーム

パッと思いつくのはこんなところかな。
もちろん他にも目的はあると思うし、複合的に考える必要もある。

俺も一時期路上ライブをやっていた時期があるが、プロ志向でもないしその時は暇だったからやってただけである。
何の目的もなかったけど、強いて言うなら度胸をつける、かなぁ…。
まぁそれはホントどうでもいい話だ。

路上ライブに有効性はあるのか?

路上ライブの目的が上記だとした場合に、果たして有効性はあるのだろうか。

俺の見解としては、「路上ライブに有効性はある」という判断をしている。
しかし、自分でやってデータを取ったわけではないので、あくまでも推測だ。

一番わかりやすい例として「ライブチケットの販売」を目的とした場合について考察を書いていく。
有効性があると考えている理由は主に2つある。

1つは、「場所」というフィルターを突破できるということだ。

客がライブに行こうと思った場合に、一番最初にフィルターがかかるのは「日程」で、その次に「場所」だと思っている。
また、「場所」にはそれに伴う「金額」や「時間」という要素も含まれている。

ライブを観るのにかかるコストの中で、移動にかかる金額や時間のコストというのはバカにならない。
俺の発想としては、移動コストを払うぐらいなら近場のライブで観る回数を増やす、となる。
またはその分、推してるアーティストのグッズを買った方がマシだ。

路上ライブでライブチケットの販売をするというのは、まずその「場所」というフィルターを突破できるのが大きい。
例えば、渋谷でライブをやるなら、少なくとも渋谷にいる人に声をかけた方が効率が良いわけだ。
なぜならその人は、渋谷に来ることができる人だからだ。

もう1つは、興味を持ってくれた人にアプローチできるということだ。

路上ライブは、やっても全然観てくれないというのが基本である。
1万人が通過しても、10人ぐらいしか観てくれないかもしれない。

そう考えると極めて有効性が低いように思うが、逆である。

路上ライブを観るなんてめんどくさいのに、わざわざ立ち止まって観てくれたその10人にアプローチすることこそが重要なのである。
そしてその10人のうち1人でもチケットを買ってくれたら勝利である。

ここでもやはりいろんなフィルターがある。

音楽に興味がある、ライブを観るモチベーションがある、音楽や見た目が好みなどなど。
そのフィルターを突破した10人にアプローチできれば良いのである。

しかもそれが対バンライブやSNSと違って、初見の新規客である可能性が高いというのも大事の点だ。

路上ライブというのは一見、効率が悪そうに思う。
しかし、上記2つの点を考えると、実は効率が良い気がしてくる。

あとは、はっきり言って実力次第。

路上ライブを観る立場としての回答

さて、路上ライブを観る側の俺としては、そのパフォーマンスについての回答を出さないといけない。
結局のところ、その演者が好きかどうかという回答だ。

非常に偉そうな言い方で恐縮ではあるんだけど、そのパフォーマンスを観た後にどう行動するかということだ。

いいですねって声をかけるかもしれないし、
CDを買うかもしれないし、
フライヤーだけ受け取って家で調べるかもしれないし、
写真撮ってTwitterに載せるかもしれないし、
何事もなかったかのように去るだけかもしれないし。

つまり、俺がやりたいことはその後のアクションを取るための「判断」なのである。

路上ライブで歌っている人に対して思うこと

路上ライブの中の音楽、さらにその中でも一番数が多いと思われる「歌」について。
好きかどうかの「判断」をする上で、前提として俺が思っていることを書いていく。

オリジナリティにこそ価値がある

歌ものの路上ライブの形態は以下のように大別できる。

・オリジナル曲&生演奏
・オリジナル曲&オケ流し
・既存曲&生演奏
・既存曲&既存オケ流し

はっきり言ってしまうと、路上ライブで俺が観たい順である。
観たい順というか、言葉を選ばないでいうなら音楽としての価値があると思う順かな。

結局、オリジナリティがあればあるほど観る価値があるということだ。
重ね重ねになるが、あくまでも俺の意見である。

路上ライブでのカラオケに価値はあるのか

ここからは毒を垂れ流すことになる。

とりあえず「既存曲&既存オケ流し」は、路上ライブでやる意味が全くわからない。
ただのカラオケちゃうんか。

もちろん自分の声で歌っている時点でそれはその人のオリジナリティではあるんだけど…。

それでどこまで差別化できるのか。

歌が上手い人なんてごまんといる中で勝負するほど上手いのか。
声が死ぬほどいいのか。
見た目が俳優のように良いのか。

既存有名曲を歌えば、確かにある程度の客は集まるかもしれない。
しかし、よっぽどズバ抜けて声が良くて上手くなければ、集まった客はその曲が好きなだけでしょう。

要は、俺としては判断するポイントがないのよ。
見る角度を変えて言うならば、オケではない既存曲をそのまま流して、自分なりに踊ってた方がオリジナリティがあると思う。

例えば「既存曲&生演奏」は、1人ならいわゆる弾き語りだし、バンド編成の場合もあるかもしれない。
これはめちゃくちゃ観るポイントが多い。
歌だけでなく楽器のアレンジや演奏技術など、オリジナル曲ではないけどオリジナリティを感じる。

プロの歌手がカバーアルバムとか出す時があると思うんだけど。
原曲のオケでそのまま歌ってる人おらんでしょ。
(権利問題もあるだろうけど)

そのプロ歌手のファンなら原曲オケで歌っても嬉しいだろうけど。
ファンを探してる段階のストリートミュージシャンがやることじゃない、と俺は思う。

NHKののど自慢を観てるのと同じ。
なんならのど自慢の方が生演奏だし、アレンジ面も考えれば聴きどころは多いぐらい。

限られた時間の中で表現しなけばならない

既存曲で客が集まった後にオリジナル曲を披露したいのかもしれない。
しかし、そもそも路上ライブで2曲聴くってなかなかハードル高いでしょ。
少なくとも俺はそう思う。

人が絶え間なく流れる中で、1曲もしくは1フレーズで急所を突き刺すぐらいのつもりでやらないといけない気がするんよね。

ひどい人だと「既存曲&既存オケ流し」ばかりやってる人もいる。
ホント意味がわからない。
SNSで人を集めてカラオケオフ会でもやってた方がいい。

好きか嫌いかの判断をするまでもなく、俺からしたらもはや「無」である。

俺が考える音楽的価値

上記の歌もの路上ライブの分類について、俺が思う音楽的価値を数値化してみるとこんな感じ。

・オリジナル曲&生演奏
100点
自分の想いを込めた歌ってのは、シンプルにギター1本の弾き語りで充分。
路上ライブなら尚更。

・オリジナル曲&オケ流し
90点
ジャンルや楽器によっては生演奏よりも向いてる。
バンドものや電子楽器ものはアンプの都合上、こうなっても仕方ない。

・既存曲&生演奏
70点
これが一番やりやすいんよね。
やりやすい上に聴きやすいと思う。
音楽性の表現と集客力のバランスが良い。

・既存曲&既存オケ流し
20点
わかるよ、歌が上手いのはわかる。

既存曲の著作権は?

あくまでも聞いた話なので実態はどうなのか知らないし、俺は法律なんてさっぱりわからない。
その前提で既存曲の著作権について考えてみる。

ライブハウスでは、コピーバンドやカバーのライブが頻繁に行われている。
しかも、興行としてお金を取っている。

これは問題ないのだろうか?

ライブハウスというのは、ほとんどの場合が著作権団体に包括的に楽曲使用料を払っている(と思う)
CDなどをそのまま流す場合は、原盤使用料も必要となるんだろうが、詳しくは知らない。

基本的に、ライブハウスの中で既存有名曲が演奏されることは問題がないのだ。

しかし、例えば公園のステージのような野外ライブ会場や、もちろん路上ではどうだろうか?
おそらく公園も道路も著作権料は支払っていない。
(明確に路上ライブをOKとしている、地域などでは払っているかもしれないけど)

ということは。

路上ライブで既存曲を演奏する場合は、その人が個人的に著作権団体に申請して支払わなければならないのではないだろうか。
それで投げ銭なり、自分の知名度を上げる・CDなどを販売するという利益を得ているなら、厳密に考えればアウトな気がする。

俺は専門家ではないので予想で書いている。
しかも、そこにいちいち目くじらを立ててもキリがないし、この記事で言いたいのはそういうことじゃない。

あくまでも、参考までにこういう見解もある、ということだけ。

音楽とは自分の想いを表現するもの

上記のように「既存曲&既存オケ流し」は、歌唱力ぐらいしか判断材料がない。
あるいは見た目やパフォーマンスだろうか。

自分の表現として何をゴールとしているのかわからないけど…。

俺の個人的な意見として。

歌唱力はゴールではなくて、想いの込もった曲を伝えるための手段として歌唱力があるべきだと思う。
それは何もノンフィクションや暑苦しいものを求めている訳ではない。
作り話でもなんでもいいけど、その人の訴えたいことを表現していただきたい。
賛同できるかどうかは別として、反社会的・反政府的な訴えなんかも表現者としての評価はできる。

再三になるが、歌の上手い人なんてごまんといるのよ。

不器用でも下手くそでもいいから、まずは心の込もった歌を届けて欲しい。

音楽に限らず、全ての創作に言えることだと思う。
制作者の想いが伝わってこそ、観る側も心から好きになれるんじゃないかな。
少なくとも俺はそうだし、対象がアマチュアミュージシャンならなおさら。

そこで初めて次のアクションを取るための判断ができるのだ。

カラオケをやりたいならカラオケでやりゃといい。
みんなに聴いてもらいたいなら、配信アプリやYoutubeでやりゃいい。

わざわざ禁止されてる路上ライブで、アマチュア志向の遊びに付き合っていられるほど俺も街も悠長ではない。

SNSフォローしてください、って言うのもいいけど。
俺としては、先立つものをくれよという感じ。
オリジナル曲やパフォーマンスを気に入ったらフォローするから。

観る側の立場として

しかし、根本的な問題は観る側にもあると思う。

路上ライブの場合、観客というのはただの街ゆく人であり、大半が演者に対しての興味などない。
しかし、既存有名曲には少し興味があるのだ。

自分の知っている曲なら聴こうかな?
自分の知っている曲を歌って欲しいな。

という気持ちはわからないでもない。

ただ、それを求めるあまり、それがゴールになってしまっている観客も多い気がする。
上記のように、既存有名曲でも弾き語りならいいと思うけど、路上ライブでカラオケを聞いて満足するのは意味がわからない。
そしてオリジナル曲を求めないのも意味がわからない。

何より、プロを目指す演者に対して失礼なんじゃないかな。
ただの通りすがりの観客とはいえ、リスペクトの心を持って観るべきだと俺は思う。

既存有名曲のカラオケを求めることがリスペクトではないはずだ。

でも結局、観客にフィルターをかけたり、”選別””教育”したりするのもまた演者の役割なのかもね。

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